ミッドタウンに出現した巨大オブジェ アーク・ノヴァの胎内で映画を

ミッドタウンに出現した巨大オブジェ アーク・ノヴァの胎内で映画を
         
  • 2019.09.27
  • 東京ミッドタウン。謎の巨大オブジェが出現したとの一報を受けて現地へ足を運んだ。
    知人からもらった情報を整理すると、こうだ。
    ”ひとつ、大きい。ひとつ、丸っこい。ひとつ、内臓色”…だそうだ。
    俗に、一般的にイメージし得る内臓の色とはどんなものだろう。そこだけが解せなかった。ひとによって想像するものが違うとき、それは指定したことにならないんじゃないかと文句にも似た思いを巡らせながらミッドタウンを通り抜け、裏庭にあたるイベントスペースの芝生広場を見渡せる場所に差し掛かりふと足を止めた。

    「それ」が目に入った途端、驚愕するでも、衝撃を受けるでもなく、ちょっと笑ってしまった。なんだこれ。

    リッツカールトンホテルで送迎をしているとおぼしき高級車が目の前を通り過ぎる。かたや高級ブランドや高級スーパーの買い物服をぶら下げたいかにも富裕層然とした人々も行き交う。なにもこんな場所にこんな奇妙なものを作らなくても良いだろう。
    しかしここは六本木だった。大丈夫、こんな不可思議なものが置かれるには十分過ぎるほどこの街は狂っている。と、自らを納得させた上でさらに近付いてみた。


    大きい。全く、なんのつもりだ。


    吸い込まれそうだ。そしてその先には時空が歪んでいてどこか違う場所に飛ばされる奴だ。もしくは人外の何かに変貌してしまう装置的な物だ。
    とありもしない妄想を掻き立てられながらスタッフに声をかける。これ、なんですか? − まるで馴染みの店に見知らぬ商品が入荷したときの口ぶりで聞いてみた。

    曰く、これは「アーク・ノヴァ」だそうだ。

    …ああ、あのアーク・ノヴァね。ってならない。馴染みが無さすぎて途方にくれそうになりながら私はスマートフォンで必死に検索してみた。私の先生であり人によっては唯一神であるgoogleは零コンマ何秒で結果を教えてくれる。なんならサジェストしてくれる。

    アーク・ノヴァとは

    概要はこうだ。

    ARK(アーク)は“方舟”、NOVA(ノヴァ)は“新しい”を意味する言葉です。

    旧約聖書・創世記に登場する有名な大洪水伝説では、主人公ノアが家族や動物たちを方舟に乗せ、洪水の引いた後に虹の掛かる物語が描かれました。この物語に因んで、プロジェクトが再生のシンボルになるよう願いを込めて、「新しい方舟」=アーク・ノヴァと名付けました。
    〜中略〜
    震災がきっかけのプロジェクトであると同時に、単なる再生を超えて“ARS(アルス=芸術)NOVA(ノヴァ=新しい)が創られる仕組みとなることめざしています。

    どうやら東日本大震災がきっかけとなって作られたものだそうだ。ルツェルン・フェスティバルという音楽祭が立ち上げたものであり、被災地の各地を巡りながらコンサートなどを行っているようだ。

    六本木が被災地かどうかはこの際議論の俎上に乗せないのが大人のマナーだと前置きした上で、イベントに私も参加してみることにした。
    三日連続で映画が上映される中日とのことで、その日のプログラムは2004年版の「オペラ座の怪人」であった。


    アメリ、オペラ座の怪人、ビッグ・アイズと何を基準に選ばれたかしばし考えてしまうラインナップだ。
    フランス映画→フランスを舞台にしたアメリカ映画→アメリカ映画、てな具合に法則性を見つけようとはしたもののいかんせんサンプルが少なすぎる。多分誰かの趣味だろう(追記:「秋の夜長に芸術性の高い映画を」という趣旨だった)。

    映画鑑賞料の含まれた入場料である五百円(安い)を払う。安すぎて逆に不安になるレベルだ。
    *入場料はすべて東日本大震災の復興の為に寄付します。と公式に書いてあるのでこの催し自体が復興に寄与しているのだ。確かに安すぎるが、金額の問題じゃない。この芝生広場を土日祝日にイベントに供する目的で借りると三百万円かかるのだがそういうところにも目を瞑る。私は、大人である。

    方舟「アーク・ノヴァ」の胎内に入る

    中に入ると、紫色に包まれる。

    余談だが私の一番好きな色は紫である。はい、これは明日使えない類の無駄知識なのですぐに忘れるように。

    300席程度用意されているらしい。

    ややスクリーンが小さくないだろうかとか野暮なことは言わない。復興だぞ。

    オペラ座の怪人、上映開始

    かくして客席は満員になり(早い時間に定員になり整列制限されていたようだ)映画は始まった。
    イスが硬い。やむを得まい。ここは映画館では無いのだ。背もたれなんてものも存在しない。そして後ろに行くにつれなだらかな傾斜で若干高くなってはいるものの、正直前に座高の高い人が来ると字幕が見えない。
    前の席の頭と頭の間に、スクリーンまでのスルーパスコースを発見できたファンタジスタはきっと楽しめたはずだ。

    そして音響である。世界的音楽フェスが立案者になっているこのプロジェクトだからさぞ音がいいのだろうと思ってはいけない。私の横には小さなBOSEのスピーカーが床にちょこんと置かれており、はっきりいって、それなりだ。低音は及第点だがいかんせん台詞が聞き取りにくい。フランスを舞台にしつつなぜか英語で展開される(ハリウッドのジャイアニズムここに極まれり)ストーリーなのだからおとなしく字幕でも追いかけていろと言われそうだが、やはりミュージカルは音が大事である。

    待て、なにをさっきからネガティブな情報ばかりを書き連ねているんだ、と良心が痛んできた。復興だから…これは復興なのだから…と自分を諭す。そうだ、私の地元の、生まれ育った家は津波に飲まれたんだ。海まで徒歩一分が売りの家だった。今も地震に怯える地元のことを考えるとやはり復興案件は無碍に出来ない。

    映画にも少し触れておこう。2004年に公開されて多くの人が見ているだろうしテレビでも放映されたはずだからあまり多くは語らないが(御存知の通り、ストーリーはクラシック中のクラシックだ)、エミー・ロッサムの美しさを見るための映画といっても過言ではない。
    この監督のバットマンが私の中でシリーズ通してのワーストであることを差し引いても、さすがオペラ座の怪人である。隣の席にいた男性はラストシーンで号泣していた。感情移入しすぎてて心配になってしまったほどだ。おいおいどうした、あなたはファントムか。子孫か。

    墓地のシーン辺りの中だるみ(歌長い)と、怪人イケメン問題(もっと子供にトラウマ植え付けるくらいの顔にしてくれ)、ヒロイン気持ち揺れすぎ問題(おまえどっちやねん、と心のなかで何度も呟いた)等もっと語りたいことはあるのだが本稿の本質はあくまでアーク・ノヴァである。

    上映終了。内部を探索

    エンドロールの余韻も束の間、一斉に人々が出口へと殺到する。しかしここの出入り口は回転扉になっておりゆっくりと一人ずつしか出入りすることは出来ない。なぜそんな作りにしたのだろうと訝しがりつつ私は場内の展示を見て回ることにした。

    すると回転扉の疑問はすぐに解けた。

    アーク・ノヴァは塩化ビニールでコーティングされたポリエステルを風船よろしく膨らましているのだ。確かに扉を開けっ放しにするわけにはいかない。

    シンプルで有機的な構造とデザインだ。男子は設計図や断面図、構造図を見ると普通にわくわくする。女子のみんな、覚えておきな。

    最後に

    さあ、果たしてこの場所で映画を見ることはおすすめできるかというと、明言は避けるが察してほしい。
    しかし、とんでもなくシュールであることは間違いない。いっそのこと「アンダルシアの犬」辺りを上映すればそれはそれで神イベントになりそうな気配である。あ、邦画はやめといたほうがいい絶対。

    あなたの街にもいつか、使徒襲来といった風情でこの巡回型移動式劇場「アーク・ノヴァ」が来るかもしれない。ロンギヌスの槍を構え、心して出迎えよ。

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